東京地方裁判所 昭和27年(ワ)9077号 判決
原告 株式会社佐藤商店
被告 吉田徳市 外一名
一、主 文
被告入沢惣太郎は原告に対し金二十万九千三百十円及びこれに対する昭和二十八年一月十八日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告と被告入沢惣太郎との関係において生じた部分は被告入沢惣太郎の負担とし、他は原告の負担とする。
本判決は原告勝訴の部分に限り原告において金七万円の担保を供託するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、
(一) 被告入沢惣太郎は原告に対し二十万九千三百十円及びこれに対する昭和二十八年一月十八日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
(二) 昭和二十七年十月二十四日被告両名間になされた別紙目録<省略>記載の宅地及建物を目的とする売買はこれを取消す。
被告吉田徳市は原告に対し東京法務局北出張所昭和二十七年十月二十五日受付第一六一六七号による別紙目録記載の宅地及建物の各所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
(三) 訴訟費用は被告等の負担とする。
との判決及び右(一)項に対する仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
原告は丸鉄丸釘等金物類の問屋業を営み、被告入沢惣太郎は原告と同種部類の商品の販売を業とする訴外入沢建金工業株式会社(以下訴外会社と略称するの)代表取締役である。
原告は昭和二十七年七月二十三日から同年九月十三日までの間に訴外会社に対し丸鉄丸釘等合計金二十万九千三百十円を代金は物品納入の都度現金を以て支払う約で売渡した。
ところが訴外会社は品物の引渡を受けながら右約定に反して右代金の支払をせず、当時訴外会社の代表取締役として業務執行に当つていた被告入沢は右代金を手形で支払うと称して、(1) 昭和二十七年九月十一日、(2) 同年同月十三日、(3) 同年同月二十三日の各日に、原告にあて訴外会社を振出人として、金額はそれぞれ(1) 六万円、(2) 六万二千九百二十五円、(3) 八万六千三百八十円、満期はそれぞれ、(1) 昭和二十七年十月二日、(2) 同年同月十日、(3) 同年十一月十日、その他いづれも振出地東京都北区、支払地東京都豊島区、支払場所株式会社東京相互銀行池袋支店なる約束手形各一通づつを振出した。
しかし、訴外会社は本件売買取引当時から営業不振のため資産は乏しく、前記手形の振出された以前である昭和二十七年九月九日には、右手形の支払担当者である株式会社東京相互銀行との当座預金契約は既に取引停止処分を受けていたため、右手形は無価値同然であつた。そのため原告は右手形をその各満期日にその支払場所に呈示したがいづれもその支払を拒絶され、結局原告は訴外会社から右代金の支払を受けることができなくなり右代金相当の損害を蒙るにいたつた。
被告入沢は訴外会社の代表取締役として本件売買取引の当時会社の右のような資産状態を熟知し、その代金が到底支払いえないことを充分予見していたにもかからず、その支払ができるようによそおつて訴外会社のために原告から前記商品を買受け、その結果原告に対して右の損害を与えたものである。従つて右の損害は被告入沢が訴外会社の業務を執行するにつき悪意もしくは重過失によつて生ぜしめたものというべきであり、従つて被告入沢は原告に対し一般不法行為乃至商法第二百六十条ノ三によつて右の損害を賠償する義務がある。
被告入沢は原告に対して前記の損害賠償義務を有しているところ、昭和二十七年十月二十七日債権者である原告を害することを知りながら同人の所有していた別紙目録記載の宅地及び建物を被告吉田に売渡し、無資力となつた。
よつて原告は被告入沢に対して右損害金である二十万九千三百十円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十八年一月十八日から完済まで年六分の割合による商法所定の遅延損害金の支払を求めるとともに、被告吉田に対して被告両名間の前記売買契約の取消と、それに基いてなされた別紙目録記載の宅地及び建物に対する被告入沢から被告吉田に対する所有権移転登記の抹消登記手続の履行を求める。と述べた。<立証省略>
被告入沢惣太郎は適式の呼出をうけながら本件の各口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他陳述に代え得る書面を提出しない。
被告吉田徳市訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として、「原告及び訴外会社が各原告主張の営業を営むこと、被告入沢が訴外会社の代表取締役であること被告吉田が被告入沢より原告主張の不動産を買受けたことは認める。原告と訴外会社の間に原告主張の取引があつたこと、その代金の支払のために被告入沢が原告主張の約束手形を振出したこと、右手形がすべて不渡になつたため原告が右手形金相当の損害を蒙つたことは知らない。その余の事実は否認する。仮に原告は訴外会社との取引により債権を有するとしても、それは訴外会社に対するものであり被告入沢個人に関するものではないから、被告入沢がその所有不動産を被告吉田に売渡したとしても、原告に対して何ら詐害行為となるものではなく、原告は被告両名間の右売買契約の取消権を有しない。」
仮りにそうでないとしても、「被告両名間の本件売買契約は左記のとおり原告に対し詐害行為となるものではない。即ち、本件売買契約の目的物である別紙目録記載の不動産は本件契約前いづれも被告入沢及び訴外会社の既存債務のために他の債権者に担保として提供されていたものであるが、被告吉田は原告入沢をして右の債務を弁済させて同人の事業を更生させるため、本件物件を相当価格以上である金百七十五万円を以て買受けたものであり、その代金は一部を被告入沢の生活費にあてた他、すべて既存債務の弁済にあてられたものである。そして右の弁済はいづれもその債務の本旨に従つてなされたものであるから、被告入沢の債務はその限りにおいて消滅したのであつて、このために同被告の弁済資力は少しも減少しない。又仮りに右の売買が原告を害することがあつたとしても、被告吉田は本件不動産を買受けるにあたつて原告を害することは少しも知らなかつたから、原告は右売買契約の取消権を有しない。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告入沢惣太郎は原告の主張事実を明かに争わないから民事訴訟法第百四十条に従つてこれを自白したものとみなす。そして右の事実に基く原告の請求は理由があるからこれを認容するものとする。
次に被告吉田に対する請求について審案するのに、原告及び訴外会社が原告主張の営業を営むこと、被告入沢が訴外会社の代表取締役であることは当事者間に争いがない。そして証人桜井興輝、同佐藤文吉の各証言及び原告会社代表者佐藤菊司の本人尋問の結果によれば、原告が訴外会社に対して原告主張の期間に丸鉄丸釘等二十万九千三百十円を代金は品物納入の都度現金を以て支払う約で売渡したこと、が認められる。しかして、証人桜井興輝の証言や同証人の証言により成立を認め得る甲第二号証ないし第四号証の各一、二を綜合すると、訴外会社は現金支払に窮し右代金の支払のために、(1) 昭和二十七年九月二日、(2) 同年同月五日、(3) 同年同月二十三日の各日に原告主張のような要件(但し振出日は右認定のとおり。)の約束手形各一通を振出したこと、昭和二十七年九月九日に訴外会社と株式会社東京相互銀行の当座予金契約が取引停止処分を受け解約となり右手形はいづれも不渡となつたため原告は結局右代金の支払をえられなかつたことが認められる。ところで、右訴外会社の代表者たる被告入沢は前認定のように、本来現金取引の約なりしに拘らず、手元不如意のため事実上手形取引となり、しかも昭和二十七年九月九日取引銀行より取引停止処分を受けながら、その後幾日もへずして代金支払のために右銀行を支払場所とする約束手形を振出し原告に交付した事実、被告入沢が本件口頭弁論期日に一回も出頭しないなどの弁論の全趣旨に鑑みると、被告入沢は少くとも右取引停止以後の原告との取引については、訴外会社は資力乏しく右物品の代金を支払うことができないことを予見しながら、その支払が可能なようによそおつて訴外会社の代表行為をなしたものと推定するのが相当であり、このことは被告入沢も個人としていわゆる「とりこみ欺詐」なる不法行為上の責任を免れないものと称し得る。
しかして、右取引停止処分を受けた昭和二十七年九月九日以後の原告との売買取引は証人佐藤文吉の証言により成立を認め得る甲第一号証の一、二により、九回に亘り代金合計金三万三千七百二十五円なることが認められる。従つて被告入沢は個人として原告に対し右金額相当の賠償を支払う義務あるものというべきである。
次に、被告等間の本件契約が詐害行為に該当するかどうかの点を按ずるに、被告吉田が被告入沢より原告主張のような不動産を買受ける契約をしたことは、当事者間に争いがなく、証人桜井興輝、同佐藤文吉の各証言によれば本件不動産及び、これと一括して被告吉田に売却した後記不動産を除いては差押えるに足る資産のないことを認め得るので同被告は右売買により無資力になつたものと称し得る。
しかしながら同被告が本件不動産(但し建物は実際上は二戸に分れその一戸は訴外長長一の所有に属するもの)と共に被告吉田に対し、東京都北区滝野川町千七百三十番地所在木造瓦葺平家建工場一棟建坪三十坪二合五勺、同所々在木造亜鉛葺二階建居宅一棟建坪三十七坪二合五勺、二階十三坪、同所々在木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二十坪五合を代金百七十五万円で売却したのであるが右代金はその一部を被告入沢の生活費に当てた外は同被告またわその主宰せる訴外会社の現在債務の弁済に充てられたこと、そして、右売買行為は、実は被告吉田が被告入沢の再三の懇請に基き昭和二十七年十月二十日金百七十五万円をこれに、貸与し、その担保の趣旨で本件の土地家屋を含む以上の各不動産の所有権を被告吉田に譲渡したものであつて、右譲渡行為の対価は当時の値段として不当に安いものであるとは称し得ないこと。以上の各事実は成立に争いのない乙第一号証の一乃至四、同二号証、同第五号証、甲第八号証の一乃至四、同第九号証の一、二、証人青田武治の証言同証人の証言により成立を認める得る乙第四号証、証人長長一の証言と同証人の証言により成立を認め得る乙第六号証第七号証被告吉田本人訊問の結果を綜合してこれを認めることができる、証人桜井興輝の証言中、右に抵触する部分は信用しない。
してみると、債務者がその所有不動産を他に譲渡することにより無資力となる場合においても、その譲渡の対価を以て現在債務の弁済乃至生活費にあてる目的であるときは、よしや右譲渡によつて不動産を消費しやすい金銭に代えることとなつても、この譲渡行為を目して、詐害行為であるとしこれを禁圧することは、契約自由の原則を中心とする現行私法体系下において、債務者の行為を債権者の利益のために過当に干渉することとなり許されないものと解するのを相当とする。しからば以上認定の事実の下においては、被告等間における右契約は詐害行為と認め難いから、爾余の争点について判断するまでもなく、原告の被告吉田に対する請求は失当として棄却を免がれない。
よつて民事訴訟法第八十九条、第九十三条、第百九十六条を各適用し主文のように判決をする。
(裁判官 柳川真佐夫)